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7 名前: 名無しさん [2006/12/07(木) 19:27:50] ID:a [TB]

>>5
ありがとうございます。
そもそも、日本の農業は自由競争の条件を満たしていないのですね。
すみません、私が「こういう状況はモデル化でき」るのだろうか?
と疑問に思ったのは、クルーグマンの話のほうでした。

クルーグマンのモデルでは、世の中で、パンとフランクフルトを
生産してる状況を考えて、人々は、それをホットドッグとして消費します。

1億2千万人が6千万人ずつ各産業で働いていて、
二日で1本のソーセージ、二日で1つのパンを生産できます。
つまり、毎日3千万個のホットドッグが生産され消費されます。

ここで、ソーセージの生産性が倍になり、一日で1本生産できるようになります。

クルーグマンの本では、
4千万人がソーセージ産業に残り、一日4千万のソーセージを生産し、
8千万人がパン産業で働き、一日4千万のパンを生産し、
結果、4千万のホットドッグが生み出され、みな豊かになる状況を考えています。

上の世界では、ソーセージとパンが補完しあってホットドッグを生み出していることや、

さらに重要なのは、ホットドッグの生産量が一日あたり3千万個から
4千万個に増えたとき、クルーグマンの世界では、それに対する“需要があった”からうまくいったわけです。

しかし、「ホットドッグ4千万個も食えないよ!」ということになれば、
ソーセージ産業における生産性の上昇は、失業を生み出し、
クルーグマンの結論とは逆に、社会的には望ましくない結果を生じるのではと思えるのです。

一言で言うと、
「供給はそれに応じた需要を“いつでも”生み出せる」のだろうか?、
ということなのかもしれません。

5 名前: すりらんか [2006/12/06(水) 21:44:14] ID:7

>最近野菜が豊作で、値崩れを避けるために農家が自主
>廃棄に走っている
ってなことが可能なのは市場が競争的ではないからです.
(もし競争的ならば他の農家が自主廃棄して値段が維持
されたところで自分だけ大量に売るでしょう)ようするに
カルテルがあるって事.

>この状況を数理モデルで書き下し、分析することは可能な
>のでしょうか?
1・2年生向けの教科書に載ってると思うよ(僕の頃は定番
だったけど,最近はあんまりはやりの話題だから載ってない
のかなぁ)

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